食品の販路開拓専門家・伊藤晴敏です。
地方の食品メーカーの社長とお話ししていると、売上の話のあとに、よく事業承継の話題になります。
私が聞かなくても、社長のほうからポツリとこぼされることが多いです。 この先どうしていくのか。
次に誰がこの会社を引っ張っていくのか。 その話になると、社長の表情が少し変わるのを見てきました。
事業承継が進まないのは、手続きが難しいからだけではありません。 税金の計算が大変だからでもないはずです。
きっと、社長ご自身が「いつ、どうやって引退するか」を具体的に決めることに、少し抵抗があるのだと思います。
多くの社長は「いい後継者がいないんだよ」とおっしゃいます。
でも、お話を詳しく伺っていくと、そこには別の悩みがあるように感じます。 本当は自分の子供に継がせたい。
けれど、いまの会社の本当の姿をそのまま見せていいものか、迷われているのではないでしょうか。
都会に出て会社員をしている息子さんや娘さんが、お盆や正月に帰ってきます。 お孫さんの顔を見て、みんなで食事をします。
その時間のなかで、会社の厳しい台所事情を切り出すのは勇気がいります。
残っている借金の額。 原材料の値上がりで利益が出にくくなっていること。 古くなった工場のあちこちにガタがきていること。
これを正直に話したら、子供が継がないと言い出すのではないか。 そう考えて、つい言葉を飲み込んでしまうのが現実です。
子供さんの側も、実家のことは気にしているはずです。 工場の建物が古くなっていく様子も見ています。
親御さんの体力が落ちてきていることも感じ取っています。 「何か手伝えることはないか」と言いたいけれど、
社長は何も言いません。
「まだ自分が出る幕ではないのかな」と遠慮して、また都会へ帰っていきます。
お互いに本音を隠したまま何年も時間が過ぎていく。 その間に社長は年をとり、設備もさらに古くなっていきます。
従業員に任せるという選択肢もあります。 「仕事ができる人がいるから、いつか任せたい」 そう思いながら、
なかなか決断できないケースも多いです。 自分の個人保証をそのまま引き継がせるのは申し訳ない。
数億円の借金を背負わせて苦労させたくない。 そう考えて、社長がお一人で抱え込んでしまう。
周囲を気遣うからこその判断だと思いますが、時間は止まってくれません。
ただ、従業員の方の視点に立つと、少し見え方が変わるかもしれません。 いつまでもトップが変わらないままだと、
自分たちはこれからどう動けばいいのか、不安になります。 自分がどこまで責任を持つべきなのか。
いつになったら任せてもらえるのか。 それが見えない状態が続くと、将来に期待を持てなくなってしまいます。
優秀な人ほど、先の見えない不安から離れていってしまうこともあるのです。
ここで一度、お金の数字を冷静に眺めてみてください。 通帳の数字を確認してみましょう。
今の売上のペースで、あと何年あれば借金を返し終えることができますか。
返し終えたとき、社長は何歳になられていますか。 80歳でしょうか。 90歳でしょうか。
その年齢まで、今と同じように毎日フル回転で動き続けるのは、現実的にはなかなか大変なことです。
「体が動くうちは現役でいたい」とおっしゃる社長は多いです。 そのお気持ちはよくわかります。
ですが、もし社長が急に動けなくなったとしたら、会社や従業員の方はどうなるでしょうか。
準備がないままその日を迎えると、残された方々が一番困ることになります。
今の状態のまま先送りにすることは、結果として問題を後回しにしていることと同じです。
機械や設備のことも考えてみてください。 30年、40年と使い続けている機械があるはずです。
いつ故障してもおかしくありません。 修理に大きなお金がかかることもあります。 そのとき、また新しくお金を借りますか。
引退が近い時期に、銀行からスムーズに借りられるでしょうか。
もし借りられたとしても、その返済は誰が担っていくことになりますか。
そこを見ないようにして日々の仕事をこなしていくと、いつの間にか会社を立て直せない状態まで追い込んでしまいます。
事業承継は、売上を上げることよりもずっと大きなエネルギーを使います。
自分が守ってきた場所を、誰かにまかす作業だからです。 さびしい気持ちや不安になるのは当然のことです。
それでも、社長がどこかで区切りをつけなければなりません。
「いつか誰かが助けてくれる」と待っていても、状況はなかなか変わりません。
行政や銀行も相談には乗ってくれますが、最後に「こうする」と決めるのは社長ご本人です。
すべては、社長が「自分の辞める時期」を具体的に考えることから始まります。
いつ頃に引退するか、一度決めてみてください。 カレンダーを見て、西暦と月を書き込んでみるのです。
5年後でしょうか。 3年後でしょうか。 あるいは、もっと早い時期でしょうか。
まずは仮でいいので、社長ご自身で決めてみるのがいいです。
時期が決まれば、そこから逆算して今やるべきことが見えてきます。
あと3年で辞めると決めたなら、1年以内に後継者の候補を絞り込む必要があります。
身内に継がせたいという思いがあるなら、今月中にでも時間を作って、お子さんと向き合ってお話ししたほうがいいです。
「継いでほしい」と無理強いするのではなく、「自分は〇年〇月に引退しようと思っているけれど、お前はどう考えているか」と、
まずは意向を聞いてみてください。
「継がない」と言われるのが怖くて、なかなか聞けないというお気持ちも分かります。
もし断られたら、今までの自分の頑張りが無駄だったように感じてしまうかもしれません。 迷うのは無理もありません。
まずは聞いてみることです。 継がないという答えがはっきりすれば、そこから「第三者に譲るのか」「会社をたたむのか」という、次の選択肢が見えてきます。
従業員の方に対して、向き合ってみてください。 「自分が引退したあと、この会社をどうしていきたいか」
素直に聞いてみるのがいいです。 誰か一人が引き継ぐ道もあるでしょう。 チームで運営していく方法もあります。
あるいは、別の会社と協力して雇用を守り続ける道もあります。
社長がお一人で悩んでいても、働く従業員の本音は分かりません。 一人で抱え込まずに共有してあげてほしいのです。
借金のことも、ありのままを話してみてください。 「これだけの返済があるけれど、これだけの利益は出せている」
事実を数字で伝えることが、本当の意味での信頼につながります。 きれいな話で飾る必要はありません。
数字という現実を共有することから、次のステップが始まります。
もし、どうしても継ぐ人が見つからないのであれば、廃業の準備も視野に入れたほうがいいです。
廃業は決して「負け」ではありません。 会社をきれいにたたむのは、立ち上げる時以上に力がいる仕事です。
取引先への支払いを済ませ、在庫を整理し、長年尽くしてくれたパートさんたちの次の仕事を見つける。
これには少なくとも2、3年の準備期間が必要です。
社長の体力がなくなってからでは、こうした丁寧な後始末もできなくなってしまいます。 「最後まで責任を果たした」と
胸を張って終わることは、社長のこれまでの人生を肯定することにもなるはずです。
地方の小さなメーカーには、長年培ってきた大切な技術があります。 その地域にしかない味を守り続けてこられました。
それを絶やさないために、他社に会社を引き継いでもらう道もあります。
今は、地方の真面目なメーカーと組みたいと考えている企業も増えています。
地元の企業を守りたい異業種のパートナーもいるかも知れません。 会社名が変わったとしても、技術や味が残り、
従業員の雇用が守られれば、それは社長としての責任を立派に果たしたことになります。
どうか、お一人で悩まないでください。 社長がいなくなっても社会は動いていきますが、
社長が決断しなければ会社は止まってしまいます。 動かすのも止めるのも、社長にしかできない仕事です。
「また落ち着いたら考えよう」と、先送りにしたくなるお気持ちもよく分かります。
ですが、その「いつか」が来る前に、もし社長が倒れてしまったらどうなるでしょうか。
その時、残された家族や従業員の方がどんな苦労をされるか、少しだけ想像してみてください。
ご家族との食事で、いつものように仕事の話を避けてはいませんか。
「なんとかなるさ」という言葉で、自分を納得させてはいませんか。 時間は刻々と過ぎていきます。
ご自身の年齢と、会社の将来を、一度比べてみてください。
事業承継がスムーズにいっている会社には、一つの共通点があります。
社長が早いうちに「自分は何歳で辞める」と周囲に宣言しているのです。 宣言をすれば、周りの動きが変わります。
後継者になる人は覚悟を決め始めます。 銀行も協力的な姿勢を見せてくれるようになります。
何より社長ご自身が、残された時間で何をすべきかに集中できるようになります。
迷うのは、会社や周りの人を大切に思っている証拠です。 でも、迷い続けて何も決まらない状態は、
従業員の方に不安を与えてしまいます。 取引先や銀行も、先の見えない会社とは付き合いにくくなってしまいます。
決断をしないことが、一番のリスクになってしまうのです。
完璧な答えを見つけようとしなくて大丈夫です。 多少の苦労や衝突はあるかもしれません。
それでも、何も決めずに時間だけが過ぎていくことよりは、ずっといいはずです。
もう一度、ご自身の心に問いかけてみてください。 社長の「辞める時期」を、ご自身で決めてみる。
そこからしか、前に進みません。
今まで十分、お一人で頑張ってこられました。 これからは、周りを頼りながら、会社の将来を考える時期です。
あきらめるのではなく、託すこと。 あるいは、きれいに幕を引くこと。 どちらも経営者としての大きな決断です。
今日、この場所で、一つの区切りをつけてみてください。 いつ、誰と、どんな話を始めるか。
それを決めるだけで、心の重荷が少し軽くなるはずです。
忘れないように、どこかに書き留めておいてください。 明日の忙しさに紛れて、また先送りにしてしまわないために。
社長の人生を、納得のいく形で進めていく。 そのために、今、動くことが必要です。
最後は、社長の意志にかかっています。 ご自身のペースで構いませんから、向き合ってみてください。
今日やること。
カレンダーの「引き継ぐ日」に、そっと丸をつけてみてください。
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