食品の販路開拓専門家・伊藤晴敏です。
広島県で長年続く高級割烹料理店があります。
従業員は約30名。職人と接客スタッフがそろう地域でも有数の料理店です。
コロナ禍に見舞われる前まで、その店は活気に満ちあふれていました。地元の政財界の接待や、大切な記念日の会食。
客単価は高く、予約が数週間先まで埋まることも珍しくありません。
週末になれば大きな宴会場はすべて歓声で満たされ、経営は極めて安定した状態にありました。
いわゆる「地元で誰もが知る繁盛店」でした。
2020年春、街から人が消えた日から
状況が一変したのは、最初の緊急事態宣言が出された時からです。
昨日までの賑わいが嘘のように、街から一瞬で人が消えました。店にはキャンセルの電話が鳴り響き、
宴会需要はまたたく間に消滅しました。
手帳を埋めていた団体予約の文字は、一本の線で消されていき、ついには真っ白なページだけが残りました。
観光や出張で訪れていた県外客の足も完全に止まり、店の中には板場が包丁を研ぐ音だけが寂しく響くようになりました。
売上の大きな柱であった宴会部門が完全に停止したことで、経営の根幹が揺らぎ始めます。
固定費という重圧が、容赦なくのしかかります。
30名の従業員の給与、こだわりの食材を届けてくれる生産者への支払い、そして格式ある建物を維持するための維持費。
店を閉めれば、一時的に赤字を抑えることはできるかもしれません。
しかし、それでは長年苦楽を共にしてきた30名の雇用を守り抜くことは不可能です。
「一度手放した人材は、二度と戻ってこない」――職人を抱える料理店にとって、それは廃業と同じ意味を持ちます。
この苦境に立たされたとき、社長が真っ先に考えたのは、目先の数字ではありませんでした。
30名を、どうすれば守り切れるか。
すべての出発点は、ここにありました。
「店に来た人だけにしか出せなかった料理」を外へ。
社長は、生き残るためにありとあらゆる手を尽くしました。
慣れないお弁当の販売、店頭でのテイクアウト。スタッフ総出でチラシを配り、SNSで発信を続けました。
地元のお客様からは「応援しているよ」と温かい声が届き、一定の反応は得られました。
しかし、社長の目は冷静でした。
「今の来店型モデルが止まっている以上、お弁当の積み上げだけでは根本的な解決にはならない。
構造そのものを変えなければ、30名は支えきれない」
そこで社長は、大きな決断を下します。
店に来た人だけにしか出せなかった料理を、外へ出す。
これまで暖簾をくぐって席に座ったお客様にしか届けられなかった「職人の技術」を、
パックに詰めて全国へ届ける道を選んだのです。
具体的には、国の補助金を活用して最新の急速冷凍装置を導入。これまで店内でしか味わえなかった割烹の味を、
冷凍総菜として製造・販売する事業に踏み切りました。
補助金はあくまで「きっかけ」に過ぎません。
本質は、未知の領域へ足を踏み入れるための設備投資を決断した社長の覚悟にあります。
磨き抜かれた「技術」の再定義
割烹料理店の強みとは、長年の修行で培われた「味」そのものです。
雑味のない、透き通った出汁の取り方
素材の持ち味を最大限に引き出す煮物の火入れ
季節の食材を慈しむように扱う所作
この技術は、なにも店の中だけでしか使えないものではありません。
社長は、この職人たちの技術を家庭向けに作り替える作業を始めました。
ここで、多くの事業者が陥りがちな落とし穴があります。「家庭向けだから安くしなければならない」
「スーパーの総菜価格に合わせなければならない」という思い込みです。
しかし、この社長の判断は違いました。
価格は一切下げない。
むしろ、地元では「そんな高い総菜が売れるわけがない」と言われるほどの高単価を設定しました。
これはギャンブルではありません。自社の技術に対する絶対的な誇りと、ある戦略に基づいた計算でした。
多くの事業者は、売れないとすぐに値段を下げ、既存の市場に自分を合わせようとします。
ですが、この社長は逆の道を選びました。
商品に合わせて、市場を変える。
ターゲットを地元広島から、本物の味を求める首都圏へと大きく舵を切りました。
「お願い営業」ではなく、バイヤーが納得する材料をしっかり準備した。
販路開拓にあたっては、手当たり次第に電話をかけたり、頭を下げるような営業は一切しませんでした。
その代わりに、徹底的に準備を整えました。プロのバイヤーが納得するサンプル、詳細なFCP商談シート。
どのような工程で冷凍し、いかにして品質を管理しているか。原料の産地からアレルギー表示に至るまで、
求められる情報を完璧に揃えて臨んだのです。
打ち出したコンセプトも極めて明確でした。
高級割烹の本格的な料理を、自宅の食卓で再現する。
安く済ませるための代わりの品ではなく、特別な日、大切な人と囲む食卓を彩るための「ごちそう」としての提案です。
その結果、わずか2か月という異例の速さで導入が決定します。
販路は、首都圏の高級スーパーや百貨店のECサイト。
地元では「高い」と敬遠された価格が、首都圏の市場では「この品質なら妥当、むしろ価値がある」と高く評価されました。
市場を正しく選択したことで、価格を守りながら利益を確保することに成功したのです。
販路転換がもたらした雇用の新しい形
現在、この店の売上構成は劇的な変化を遂げています。
店舗営業:7
総菜製造:3
社長は近い将来、この比率を5対5にすることを目指しています。これは単に売上のリスク分散だけが目的ではありません。
真の目的は、持続可能な「人材活用」にあります。
割烹の店舗営業は、どうしても夜が中心となります。拘束時間も長くなりがちで、
近年では若い人材の確保が非常に難しくなっていました。さらに、コロナ禍を経て大学生のアルバイトも減少。
たとえ客足が戻っても、サービスを提供する「人」がいなくなってしまう。そんな危機を目の当たりにしていました。
一方で、冷凍総菜の製造は日中の勤務が可能です。
朝から夕方までの規則正しいシフト制を組めるようになったことで、子育て中の主婦の方や、
夜の立ち仕事が厳しくなってきた中高年のベテランスタッフが、貴重な戦力として活躍できる場が生まれました。
販路を変えたことは、結果として雇用の幅を大きく広げることにつながったのです。
販路開拓の本質とは何か
この事例が私たちに教えてくれる本質は、単なる「売上の回復」ではありません。
それは、商売の仕組みの作り直しです。
来店依存からの脱却:売上のルートを複数持つことで、外の環境が変わってもびくともしない体質を作る。
技術の外出し:店という場所の縛りをなくし、自社の強みを「商品」にして遠方まで届ける。
市場の再選択:自社の価値を正当に評価してくれる場所を見極め、安売りに走らない。
補助金で導入した最新装置は、職人の腕を奪うものではなく、職人の腕を全国へ届けるための道具となりました。
価格を維持し、市場を変え、コンセプトを研ぎ澄ます。
これこそが、私が提唱する販路開拓の姿です。
販路開拓とは、単に「営業を強化して無理やり売ること」ではありません。
自分たちの商品が、一番高く、喜んで買ってもらえる場所を、新しく見つけることなのです。
守るために、形を変える。
この社長の勇気ある判断が、30名の雇用を守り抜き、伝統ある割烹料理店を「店舗」と「製造」の両輪で
走る強い会社へと進化させました。
もし、御社が今、従来のやり方に限界を感じているのなら、一度立ち止まって考えてみてください。
御社が守りたいものは何ですか?
そして、その価値を本当に必要としている場所は、どこにありますか?
形を変えることを恐れず、一歩踏み出す。
その先にこそ、次の成長があります。
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売上が伸びない。人がいない。
営業をどうすればいいのか、わからない。
一度、整理しませんか。
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