食品の販路開拓専門家・伊藤晴敏です。
6次産業化に取り組む農家の社長から、よく同じ相談を受けます。
「加工品を作ったのに、思ったより儲からない」というものです。商品は作った。パッケージも整えた。でも利益が出ない。
その理由は商品にあるのではありません。売り先にあります。
今日は栃木の栗農家の話をします。この農家が何をして、何が変わったのかを具体的に紹介したいと思います。
相談を受けてから案件が動き出すまで、約8か月かかりました。
結論から言います。同じ栗でも、売る相手を変えると利益の数字が変わります。
生栗のまま農協に出荷していた頃と、加工品を作ってスイーツ店に売るようになった後では、
同じ量の栗から手元に残るお金がまったく違います。商品の見た目が変わったからではありません。
誰に売るかを変えたからです。この話を最後まで読めば、社長が今日やるべきことが見えてきます。
栃木県のある栗農家の話です。栽培面積は2ヘクタール。栗の産地として知られる地域で、親の代から続けてきた農家です。
従業員はいません。社長と配偶者の2人で回しています。
毎年秋になると収穫があります。量は取れます。でも価格が安い。生栗の卸価格は1キログラムあたり数百円の世界です。
量を売っても、経費を引くと手元にほとんど残らない。人件費、機械の維持費、肥料代、袋代。
計算すると赤字になる年もありました。
社長は言っていました。「収穫が終わるたびに疲れだけが残る。売上は立つのに、お金が手元にない」と。
忙しい時期が終わっても、通帳の数字は変わらない。この状態が5年ほど続いていました。
追い打ちをかけたのが、買い取り価格のさらなる下落です。その年は相場が下がり、
例年より2割ほど安い価格での引き取りになりました。その時点で社長は決断しました。「このままでは続けられない」と。
このままではいけないと考えた社長が選んだのは、加工品への参入でした。
最初に取り組んだのは栗ペーストです。栗を蒸してつぶし、砂糖と合わせてペースト状にしたものです。
製造自体はシンプルです。設備投資も最小限に抑えました。小型の加熱機器と攪拌機を中古で揃えて、合計で50万円ほどでした。
保健所への相談と営業許可の取得に2か月かかりました。許可が下りてから試作を始め、
最終的な仕様が固まるまでにさらに1か月かかりました。
ペーストの甘さの調整には特に時間をかけました。砂糖を入れすぎると素材の風味が飛びます。
少なすぎると保存性が落ちます。スイーツ店のシェフが使いやすいバランスを探して、10回以上試作を繰り返しました。
次に焼き菓子を作りました。栗ペーストを使ったフィナンシェです。地元の製菓経験者にレシピの相談をして、
3か月かけて試作を繰り返しました。材料はバター、卵、アーモンドプードル、そして自分たちの栗ペースト。
シンプルな構成にこだわりました。複雑な材料を使わないことで、コストを抑えながら素材の味を前に出せます。
パッケージは地元のデザイナーに依頼しました。費用は3万円でした。
商品が完成したとき、社長がまずやったことがあります。「どこに売るか」を決めることでした。ここが重要な判断でした。
栗ペーストはスイーツ店向けに提案しました。ケーキ屋、和菓子屋、タルトを作っているパティスリーです。
これらの店は栗ペーストを「素材」として使います。自分でゼロから作る手間が省けます。
品質が安定していれば、継続して買ってくれます。社長はまず栃木県内の洋菓子店10軒にサンプルを持参しました。
飛び込みではなく、事前に電話で「栗農家ですが、ペーストのサンプルを持参してもよいですか」と
一言確認してから訪問しました。
断られたのは3軒。残り7軒は話を聞いてくれました。そのうち4軒が取引につながりました。
月に20キログラムを定期購入してくれる店が2軒できました。
焼き菓子はセレクトショップに提案しました。雑貨と食品を一緒に扱うような店です。道の駅ではなく、
少し値段が張っても良いものを選ぶ客が集まる店を選びました。
栃木市内と宇都宮市内のセレクトショップ6店舗に持ち込みました。3店舗が取り扱いを決めてくれました。
最初の月は各店舗に10箱ずつ置いてもらいました。1か月後に様子を確認しに行くと、2店舗は完売していました。
その2店舗とは翌月から20箱に増やす話になりました。
なぜ売り先を分けたのか。社長はこう話しています。「ペーストと焼き菓子では、買う人の目的が違う。
ペーストを買うのはプロです。品質と安定供給を見ています。価格が多少高くても、使えるものなら買う。
焼き菓子を買うのは一般のお客さんです。見た目とストーリーを見ています。栃木の農家が作った、という話が刺さる。
同じ場所に両方並べても、どちらも中途半端になる気がした」と。この判断は正しかったです。
生栗を農協出荷していた頃、1キログラムの栗から手元に残る粗利は200円前後でした。栗ペーストにすると、
1キログラムの生栗を使ったペーストが2000円から2500円で売れます。加工コストと容器代を引いても、
粗利は5倍から6倍になります。焼き菓子になると、さらに単価が上がります。6個入りの箱で1500円。
使っている栗の量は100グラム程度です。生栗換算すると原価は数十円です。
売上の構造が変わりました。以前は秋の収穫期だけに売上が集中していました。
10月と11月で年間売上の8割以上を稼いでいました。今は栗ペーストの定期取引があるので、
冬から春にかけても注文が入ります。スイーツ店はクリスマスや春のイベントに向けて仕込みをします。
その時期に栗ペーストが動きます。焼き菓子はギフト需要があるので、年末と春先に動きます。
年間を通じて売上が立つようになりました。
社長は言いました。「去年と一昨年で比べると、売上の絶対額はそんなに変わっていない。でも利益が残るようになった。
冬にお金がない、という状態がなくなった。それが一番大きい」と。精神的な余裕も変わったと話していました。
「春になっても通帳を見て暗くなることがなくなった」という言葉が印象に残っています。
ここで一つ、大事なことを書きます。
この農家が利益を出せるようになったのは、良い商品を作ったからではありません。売り先を分けたからです。
栗ペーストを道の駅に並べていたら、価格競争になります。隣に別のメーカーの栗ペーストが並ぶからです。
消費者は安いほうを選びます。スイーツ店に持ち込んだから、「素材として欲しい」という話になりました。
プロは価格だけで選びません。使いやすさと安定供給で選びます。
焼き菓子を農協の直売所に出していたら、500円で売るしかありませんでした。周りの商品に合わせた価格になるからです。
セレクトショップだから1500円で並べられました。そこに来る客は、1500円の焼き菓子を「高い」とは思いません。
むしろ「ちゃんとしたものを買えた」と感じます。
商品は同じです。売り先が違うだけで、値段も、利益も、話の進み方も変わります。
6次産業化に取り組んでいる農家の社長が「売れない」と言うとき、ほとんどの場合は商品の問題ではありません。
売る相手を決めきれていない問題です。
「誰でも買ってくれる場所」に出してしまっているから、「誰にも刺さらない」状態になっています。
道の駅に出せばとりあえず並べられます。でも並べることと、売れることは別の話です。
最後にまとめます。
6次産業化で利益が出ない会社と、出る会社には明確な違いがあります。加工品を作ったかどうかではありません。
誰に売るかを決めているかどうかです。販売ターゲットです。
加工品を作って道の駅に並べるだけでは、売り場を変えただけです。売り先を変えたことにはなりません。
利益の構造は変わりません。商品が変わっても、売る相手が変わらなければ、利益は変わらないです。
進んでいる農家は、商品ごとに売り先を決めています。「このペーストはパティスリー向け」
「この焼き菓子はギフト需要のある小売店向け」と、最初から決めてから動いています。決まっているから、
提案の言葉が変わります。パティスリーには「使いやすい甘さに調整しています」と話します。
セレクトショップには「栽培から加工まで自分たちでやっています」と話します。
同じ商品でも、相手によって刺さる言葉が違います。提案の言葉が変わるから、話が前に進みます。
苦戦している農家には共通点があります。「まず作ってから考える」という順番です。
商品が完成してから、どこに売るかを探し始めます。その結果、売りやすい場所、つまり道の駅や直売所に流れていきます。
売り先を決めてから作った農家とは、スタートラインが違います。
社長に今日やってほしいことが一つあります。自分が作っている、あるいはこれから作ろうとしている商品を
一つ選んでください。その商品を、今日どこに売るかを一つだけ決めてください。
「道の駅に置く」ではなく、「○○市にあるあのケーキ屋に持ち込む」というレベルで決めてください。
店の名前まで決めてください。名前が決まったら、今日中に電話を一本入れてください。
「栗農家ですが、サンプルをお持ちしてもいいですか」という一言でいいです。
それだけで、動きが変わります。動きが変わると、利益の出方が変わります。
栃木の栗農家の社長が変わったのは、商品を変えたからではありません。今日売りに行く場所を一つ決めて、
電話を一本かけたからです。
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