新商品なのに売れない食品会社の共通点|「いくらだっけ?」から始まる販路の迷子


食品の販路開拓専門家・伊藤晴敏です。

銀行からの紹介でした。栃木県の精肉加工会社。 従業員は50名。
自社で加工した精肉を使ったレトルトカレーを、新商品として発売したいという相談でした。

カレーは売れ筋商品です。 ただし、食品業界では一番競争が激しい商品でもあります。
レトルトカレーの売り場は、大手メーカーからご当地ものまで、それこそ星の数ほどのライバルがひしめき合っている戦場です。

初回訪問で、私は社長にこう聞きました。

「このカレー、上代はいくらですか?」
社長は少し考えて、横に座っている担当者の顔をちらりと見て、こう言いました。

「……いくらだっけ?」

この瞬間、私は思いました。
これは簡単な案件ではない。

商品はあっても「出口」がない現実

事務所の空気は、少しだけ止まったように感じました。 社長が悪いわけではありません。
50人の従業員を抱え、毎日現場を回し、銀行とも交渉し、地元の付き合いもこなす。 社長は忙しいのです。

ただ、こと「新商品の販路開拓」となると、この「いくらだっけ?」が命取りになります。

食品会社では、よくある話です。 「いい肉があるから、これでカレーを作ろう」 「レトルトなら日持ちもするし、お土産にもなる」
「銀行からも、新事業に挑戦しろと言われている」

そうやって、商品開発までは一生懸命に走ります。 試作を繰り返し、パッケージのデザインを考え、ようやく形にする。
ところが、いざ「売り先」と「価格」の話になると、急に足元がふわふわし始めるのです。

商品がある。 けれど、誰に、いくらで、どう売るのかが決まっていない。
これでは、どんなに美味しいカレーであっても、バイヤーの心は1ミリも動きません。

銀行紹介という「期待」の落とし穴

今回の相談は、銀行からの紹介でした。 銀行からすれば、融資先である精肉加工会社に活路を見出してほしいという親心があります。
「新商品を開発して、販路を広げましょう」 言葉で言うのは簡単です。

社長も、銀行から言われれば「やらなきゃいけない」と思います。 ましてや、自慢の肉を使ったカレーです。
「食べればわかる。うちの肉は他とは違う」 その自負があるからこそ、社長は開発に没頭したのでしょう。

しかし、銀行員は商品のプロではありません。 バイヤーの厳しい目線を知っているわけでもありません。
「商品ができれば、なんとかなるだろう」という期待感だけで、プロジェクトが動き出してしまう。

当然、補助金も使っていました。申請書作成から銀行紹介の専門家による伴走支援です。

私は、こうした「期待先行」で販路がないまま商品だけが出来上がってしまった現場を、これまで何度も見てきました。
栃木のこの会社も、まさにその入り口に立っていました。

バイヤーが最初に見るのは「味」ではなく「数字」

社長が「いくらだっけ?」と言ったその価格は、商売の格を決める数字です。

スーパーの売り場に並べるのか。 百貨店のカタログに載せるのか。 あるいは、ネット通販で直接売るのか。

それぞれの出口によって、必要な上代は全く違います。 「いくらだっけ?」と迷っている間に、バイヤーはこう見抜きます。
「あ、この会社、ターゲットが決まっていないな」と。

バイヤーが一番嫌うのは、どこの誰に売りたいのか分からない商品です。
彼らが欲しいのは「美味しいもの」だけではありません。
「自分の店の売り場に置いたとき、誰がいくらで買って、どれだけの利益を店にもたらすか」という具体的な数字です。

「うちは上代500円で売りたいんだけど、いくらで卸せばいいかな?」 そう相談されたこともありますが、
それは順番が逆なのです。 まず出口があり、そこにふさわしい価格があり、そこから逆算して原価と中身を決める。
この順番が崩れている会社は、販路開拓のスタートラインにすら立てていないのです。

50人の従業員を守るための「数字」

栃木の社長は、その後、慌てて資料を探し出しました。 出てきた数字を見て、
私はさらに厳しい現実を突きつけざるを得ませんでした。

原価が高すぎる。

「肉をたっぷり入れたから」と社長は胸を張りますが、その原価では、通常の流通に乗せれば上代が1,000円を超えてしまいます。
スーパーの売り場で、大手メーカーの200円のカレーの横に、1,000円のカレーを並べる。
よほどの理由がなければ、客は手を伸ばしません。

「社長、この価格では、今の販路には乗りませんよ」

そう伝えたときの、社長の少し寂しそうな、それでいて「薄々気づいていた」ような表情が忘れられません。
従業員50名の給料を払わなければならない。 だからこそ、新しい柱を作らなければならない。
その焦りが、冷静な数字の計算を狂わせてしまっていたのです。

私は、この社長を責めるつもりは毛頭ありませんでした。 むしろ、よくあることなのです。
社長は「作る」プロであり、「守る」プロですが、新しい「市場」を切り開くとき、
どうしても自分たちの商品にほれこみすぎてしまう。

こういう会社は、実は少なくありません。

栃木の事例は、決して特別なものではありません。 「商品開発」と「販路開拓」が、完全に別ものとされている。
これが、多くの食品会社がここで止まります。

レトルトカレーという、誰もが参入しやすい商品だからこそ、その罠は深い。
差別化しようとして原価をかけ、こだわりを詰め込み、気がつけば「どこで売ればいいか分からない高価な商品」ができあがる。

では、どうすればよかったのか。

それは、開発の「一歩手前」で、現場の空気を確認することです。 お店を見てまわること、食べてみること。
今、御社の商品を置いてもらえる可能性のある売り場はどこか。
その売り場を任されているバイヤーは、今、何を求めているのか。 そして、その客層は、カレーにいくらなら払うのか。

この「逆算の視点」がないまま、工場を動かしてはいけないのです。

社長が最初にやるべきこと

この記事を読んでいる社長の中にも、新商品の開発を考えている方がいらっしゃるでしょう。
あるいは、すでに出来上がった商品の行き場に困っている方もいるかもしれません。

もし、銀行の担当者やコンサルタントから「新商品を」と勧められたら、まずは自分自身にこう問いかけてみてください。
「その商品は、誰が、いくらで、どこの売り場から手に取るのか?」
「自分なら買いたいと思いますか?」

もし、答えに詰まるようなら、まだ工場を動かしてはいけません。 中身を詰める前に、数字と出口を詰める。
それこそが、結局は一番の近道であり、会社のお金を守る唯一の方法です。

栃木の社長とは、その後、じっくりと話をしました。 「いくらだっけ?」から始まった面談でしたが、
最後には「もう一度、出口から考え直してみるよ」と、重い口を開いてくれました。

販路開拓は、派手な営業活動ではありません。 こうした地味で、時に耳の痛い「数字の確認」の積み重ねです。
商品を作る前に、販路を作る。 価格を決める前に、利益を計算する。

この当たり前のようでいて、多くの会社が忘れてしまう「順番」を、今一度確認していただきたいのです。

御社の新商品は、本当に出口が決まっていますか?
バイヤーに自信を持って「この上代で、この売り場で、これだけ売れる」と言えますか?

もし少しでも不安があるなら、一度立ち止まって考えてみてください。
その「一歩立ち止まる勇気」が、将来の大きな損失を防ぐことになります。

次は、御社の「現場の数字」を一緒に確認してみましょうか。 いつでも、その一歩に寄り添わせていただきます。
現在の状況について、より具体的な対策が必要な場合は、いつでもお知らせください。


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